ロビン・フッド

★★★★☆

グラディエーター』同様、デフォルメ史劇の楽しさに満ちた作品。

舞台となる英国はガーデニング(保守的な文化を象徴している)の長き伝統を持つ国であり、そのイングランドの保守性から脱落・対峙する無法者ロビン・フッドもまた、深き緑に彩られたシャーウッドの森の英雄である。となれば、重税に苦しむ疲弊した村落を描写するにせよ、撤退する英国十字軍を描くにせよ、この映画を貫く色彩はやはり《緑》でなければならない。もちろん、英国人であるリドリー・スコットはその点にきわめて意識的で、撤退するフランスの森では鬱蒼とした薄暗い《緑》を、帰還したイングランドの森では鮮やかな《緑》を効果的に用いている*1。すでにロビン・フッドの時代には、イングランド南部の森には人の手がかなり加えられていたと言われるが、本作の舞台となる北部*2には、まだ自然のままの荒々しい森が残っていたに違いない(ノッティンガムは地理的には英国の中央に位置しているが、当時はこの辺りまでがイングランドの「北部」だった。なお、フランスから帰国する船団が上っていくテムズ川の河口があれほど《緑》に溢れていたのは、王宮付近が広大な庭園だから――のちのヘンデルの「水上の音楽」の舞台でもある――と思えば納得できるし、クラシックを好む観客ならば、これは一度は見たいと思っていた光景でもあるだろう)。実際、映画が進むにつれて、空からの俯瞰で、無垢なイングランドの豊かな森や自然を写したショットが重ねられ、《緑》のトーンが印象に残る作りになっていたように思う。

2001年の9.11テロ以来、中東で軍事活動を続ける米国が(傘下の日本は別として)国際社会で孤立化を深める一方で、ヨーロッパ諸国は統合EUの中で結束を固めているように見える。しかし、多種多様な民族をひとつにまとめるのは不可能に近く、移民流入による民族的対立や失業率の上昇、リーマン・ショックによる後進国の切り捨てでEU内の格差は拡大している。同じアングロサクソンとして米国と金融・政治の面で親密な歴史関係をもってきた英国は、工業国ドイツと農業国フランスが議会を牛耳るEUのなかではもともと「茅の外」に置かれた仲間外れの立場。米国の暴走が続き、政治的なスプレマシーも低下、かつての大英帝国もすっかり日陰者となってしまった。本作で、一介のヨーマンであり射手でしかない弱者ロビンが「支配者に対する、異議申し立て」を新王に対して熱く語るシーンが出てくるが、これは現在、母国のおかれている閉塞的状況に対する監督の隠れたメッセージのように思われるがどうだろうか。日本や中国のように長いものに巻かれるのを良しとするのではなく、既得権益の支配による腐敗した政治に対しては、新たな秩序=法を求めて徹底的に戦うのが西欧自由主義社会の原点となっている考え方である。獅子心王リチャードの死後、失地王ジョンの暴政に対して王権を制限するマグナ・カルタが生まれた史実を踏まえつつ、のちの革命で登場してくる思想の萌芽をロビンに語らせるという設定はなかなか面白いと感じた。思うに、『グラン・トリノ』で自らのルーツと向き合ったクリント・イーストウッドに対し、リドリー・スコットは母国の英雄伝説の形を借りて自らのルーツ、原点へと立ち返る物語を作ったのではあるまいか。英語のGreenには「若々しく、色褪せない」という意味もある。先に述べた《緑》あふれる色彩と共に、《イングランドから生まれた新しい思想》という主旋律が本作では力強く歌われているように感じた。

それにしても、有名な英雄伝説の映画化である。脚本段階でいろいろな草案が出たことだろう。ファンタジーやロマンス*3に比重を置く誘惑もあったに違いない。だが、本作は違っていた。ストイックで不器用な、ある男の生き様がそこには描かれていた。自分が評価したいのは、監督があえてロビン・フッドの代名詞となっているシャーウッドの森のエピソードをほとんど描かず、最後でそのエッセンスを描くに留めた、その決断である。拡散してしまった物語をひとつに回収するのは実に難しい作業だ。現在、リドリー・スコットは『エイリアン』新二部作の準備中で、主人公のリプリーが星間貨物船ノストロモ号に乗り組み、宇宙へと旅立った前日譚を描くと噂されているが、本作でも同様に、尾ひれと手垢のついてしまったロビン・フッドの伝説をケビン・コスナー版のように既出のエピソードで焼き直すのではなく、英雄が英雄となっていくプロセスの方を重点的に描くことで、新たなロビン・フッド像を構築しようというアプローチをとることにしたのだろう。そして、その監督の決断と試みは少なからず成功しているように思う。「私はこうしてロビン・フッドが森へと入っていったと思っている。そこから後の物語は、観客たるあなたがたの自由な想像に委ねます。これまで何世紀に渡って、多くの人たちが想像してきたようにね」。監督リドリー・スコット、脚本ブライアン・ヘルゲランド。Robin Hood, 148mins, 2010。

*1:ニュージーランド出身のピーター・ジャクソンが英国のファンタジー小説指輪物語』(ロード・オブ・ザ・リング)を映画化した際に、森を魅力的に描けなかったのとは対照的。その代わりに、ジャクソンはニュージーランド雄大な峰々や荒々しい岩肌を効果的に空撮している。

*2:サクソン人の占めるイングランド南部に対し、北部は迫害されたケルト文化が息づく土地柄。村落の祭りの描写に、そうした異文化の混在した雰囲気が出ていて楽しめた。願わくば、もっとダンスを見たかったけれど。

*3:ケイト・ブランシェットとの熱いロマンスを期待していた人には残念な映画だったかもしれないが、犬と添い寝するいつもの野人ラッセル・クロウが見れただけで自分は満足。ロマンスが見たい人には、ロビン・フッドのその後を描いた『ロビンとマリアン』(1976, 英)をお勧めする。ショーン・コネリーオードリー・ヘップバーン主演。