人生の特等席

★★★★★

野球選手のことなら、打音で球質の得手不得手まで聞き分けることができる程のエキスパートなのに、いざ自分や家族のこととなると口下手になり、まともなコミュニケーションすらできない男。そんな父に捨てられたというトラウマから、仕事も恋愛もガードが固くなってしまい、なかなか柔軟に相手を受け入れられない娘(本作の原題はそのものズバリ「カーブが苦手」)。長らく疎遠になっていた二人の関係は、父の失明の危機を前にして再び接近する。しかし二人の会話は一向に噛み合ない。お互いにやり取りできる共通の「ボール」を見失っていたのだ。そこに現れたのが、球団に捨てられた元メジャーリーガーだった。彼は父娘の間に割って入り、思いがけず「ボール」の役割を担うようになっていく。ようやくグラウンドで父の直球を打ち返し、ぎこちなくも距離を縮めていく父と娘。しかし二人の間に横たわる暗い過去について父は何も語らない。仕事上の失点もあり、苛立ちが頂点に達した娘は父を追い詰める。甦っていく忌まわしい記憶。開くことはないと諦めかけていた重い過去の扉が突然開き、動揺する娘は父の投じた「ど真ん中のストレート」を今度は打ち返せなかった。そして翌朝。二人の短い旅に終止符が打たれた時、人生は直球勝負だけではないと悟り、多様な生き様(カーブの魅力)にも気がついた娘の人生は大きな転機を迎える。父娘の間に横たわっていた過去は、こうして清算されたのだった。
控えめながらも丁寧な演出でひとつひとつの見せ場を積み上げていく、イーストウッドの愛弟子の確かな演出力。アメリカの伝統が着実に次の世代に継承されている姿を目と耳で味わえる、素晴らしい作品だと思う。

監督ロバート・ロレンツ, Trouble with the Curve, 111mins, 2012。