生カルロスを聴く

orpheus2007-04-19

★★★★☆
前から酷評しているジブリ版『ゲド戦記』だが、来るDVDの発売に先駆けて『Melodies from ゲド戦記』というCDがソニーからリリースされた。ケルト音楽に親しんだ方なら納得されると思うが、先の『ゲド戦記』のサウンドトラックにはもの足りなさ、つまり、どう褒めてみようとしても「大急ぎで作った和製ケルト音楽」という評価が妥当だと思われる、本場のケルト音楽との歴然たる差(“ケルトの血”の絶対的不足)が存在している。それだけに今回発売された『Melodies from ゲド戦記』には良い意味で驚かされた。それもそのはずである。サントラでは“飛び込み”で参加するに留まったケルト・ミュージシャンのカルロス・ヌニェス(彼は7番目のチーフタンズと呼ばれる程のバグパイプの名手である)が地元のスペイン*1でじっくり腰を据えてレコーディングしたものだけに、足りなかった“ケルトの血”は十分に注がれ、サントラをはるかに凌駕する完成度になっているのだ。特にTrk.1〜2の流れやTrk.4のスパニッシュ・ギターとケルト音楽の融合、また「時の歌」のケルト楽器ヴァージョン等は店頭で聴いても鳥肌が立つ出来だった(Trk.1の“Song Of Therru”なんてカーリングの入場曲にかけたら最高だと思う。もっとも、あれは“Scotland the Brave”じゃないといけないけれど)。ということで、以下はこのCDを購入したがために参加する羽目になった、カルロス・ヌニェス来日イベントのレポートである。
19日、夜19時。新宿タワーレコード7Fのイベントスペース前に、ようやく人が集まりはじめた。昨今のワールド・ミュージックの盛り上がりを考慮すれば、今回のイベントに対する関心の低さは、あの映画に失望させられた人がいかに多かったかを素直に現しているように思われる。だが、それは音楽には関係のない話だ。機材の最終チェックに追われるスタッフにまぎれて、隅の方にはジブリの鈴木プロデューサーも姿を見せている。が、笑顔は見られない*2。まるで通夜のような雰囲気である。その理由はまもなく明らかになった。
イベントがはじまり、ステージにはガリシアの音楽家カルロス・ヌニェス、音楽監督寺嶋民哉、監督の宮崎吾郎の3氏が登場。読売のジブリ担当記者が司会となり、一人ずつ話を聞いていく形で進んでいった。普通、こういった製品プロモーションの場ではネガティヴなことは言わないのがお約束だが、青臭さが取り柄*3の吾郎氏は「スペインにケルトの音楽があるとは知らなかった」「バグパイプ*4を吹ける人間を捜していたら、たまたまカルロスが来日していたので演奏を依頼した」と告白、しまいには『ゲド戦記』の製作後にジブリ美術館に戻ったものの、館長の座に復帰できずクサれていることまで吐露してしまった。しかも傑作だったのは「この『Melodies from ゲド戦記』はすごい。別の映画のサントラにしたいと思ったくらいです」という科白。あなた、そんないい加減な気持ちであの映画を作ってたんですか……。と、こうした吾朗氏の鬱屈した発言もあったものの、イベントの主役であるカルロスが「宮崎シニア(宮崎駿)の映画は大好きで、昔からファンだった」「ジブリ・ファミリーになれて嬉しい」とラテン系のノリで嬉々として喋ったおかげで、トークショーの方はなんとか無事に終了。さて、いよいよミニライヴである。弟のシュルショにリズムをまかせて、数種類のケルト楽器による演奏をカルロスが次々と披露していく。クラシックを頂点とする西洋近代音楽が忌み嫌い、抹殺しようとしてきた禁断の調べ。ガリシアの地に生き延びてきたケルトの呪術的なパワーと響き*5を肌で感じることのできる貴重なイベントだった。5月9日にNHKホールで行われるコンサートも大いに期待できそうだ(そちらは手嶌葵矢野顕子もゲスト参加する予定になっている)。
映画が辿り着くことのできなかった、もう一つの『ゲド戦記』の世界がここにある。
メロディーズ・フロム「ゲド戦記」

*1:ケルト音楽は何もアイルランドだけで演奏されるものではない。スペインやカナダなど、世界中に“ケルトの血”を継いだプレイヤーたちがいる。またヴァン・モリソンやスティングなど、ケルト音楽から大きな影響を受けたアーティストも少なくない。あのビートルズもリンゴ以外のメンバーは皆アイルランドからの移民である。

*2:余談。イベント終了後に知人が鈴木プロデューサーに声をかけたところ、「カルロスは俺のことを覚えててくれて(今回の来日でも)一番最初に俺をハグしてくれたぜ!」と嬉しそうに話したそうだ。それって、鈴木氏がジブリの中で一番ケルト人みたいな顔してるからじゃなかろうか……。

*3:残念ながら、映画の方は吾朗氏のその性格が仇になってしまった。原作のテーマは無視され、映画は監督の消化不良ぎみの青臭いメッセージで窒息している。

*4:カルロスはスペイン、アイルランドスコットランドバグパイプ、リコーダーやオカリナなどを自由自在に奏する。その腕前はザ・チーフタンズの代表作“The Long Black Veil”や映画“海を飛ぶ夢”の中で聴くことができる。

*5:かつてのフランコ政権下ではケルトなどの民族音楽は抑圧され、フラメンコがスペインの音楽として奨励された。カルロスも嘆いていたが、日本人はその土地の代表的な音楽しか知らないことが多い。ブラジルならサンバ(ボサノバはサンバが“ゆるく”なったものである)、アルゼンチンならタンゴ、スペインならフラメンコといった具合に。