底なし沼で溺れる者たち

orpheus2007-05-18

2003年からiTunesを使い始め、ライブラリが849GBに達した男

ニューヨーク・サン紙で音楽関連の記事を書いているWill Friendwald氏は、自分が世界で最大のiTunesコレクション所持者だと自負している。それもそのはずで、Will氏のiTunesに登録された曲数は17万2150曲、容量は849GB。2935アーティスト、1万1561枚のアルバムから構成されている。年に何度か行うメインのライブラリの再構築の際にデータを取ったところ、ライブラリのデータベースファイルは282MB、ライブラリのXMLファイルは259MBにもなったらしい。

これを「呆れた記事だ」と笑うことのできるあなたは幸いである。だが、昨今の音楽評論家や愛好家にとっては、この程度の曲数を保有しているのは不思議でも何でもない*1。大量の音楽をストックし、そのまま持ち運ぶことを可能にしたiTunesiPodアメリカで産声を上げて以来、音楽の消費されるスピードはますます速くなっているのだ。周知の通り、AppleSONYなどが支配していたポータブル・オーディオ市場のシェアを奪い、ネットでの事業展開に懐疑的だった保守的な音楽業界を尻目に、iTunes Storeという強力なショッピングモールを世界中に展開、王国を築きあげている。
しかし、このようにネットワーク化・統合化された音楽市場の中で、単なるデータとして切り売りされることによって、音楽は《消費されるもの》から《浪費されるもの》へと転落する。当然ながら、こうした空間では音楽に対する深い感動やリスペクトは成立しにくく、表現者や売り手の商業的思惑と、膨大なデジタルデータの山から淡々と自分の好みを選り分ける消費者の思惑ばかりがクローズアップされていくのだ。
この荒廃的な兆候は、もちろん前の世紀から現れていた。例えば、グールドやカラヤンがLPやCDで試みたデータ化・デジタル化などは、今日のiTunes Storeというシステムの萌芽とさえいえる。だが、浪費は人間から創造性を奪う。この底なし沼に足を踏み入れてしまい、音楽を作る感動や音楽に触れる感動を忘れてしまった人は、丸山茂雄氏の意見に触れると良いだろう。
「上前をはねる仕組みはダメと」と、ネットに触れて気がついた

日経 スティーブ・ジョブズ(米アップルコンピュータCEO)自身は、音楽が好きでiTunesiPodを世に出したのかどうか、個人的にちょっと気になっているんです。どうでもいいことかもしれませんが、丸山さんはどう見てます?

丸山 音楽の振興のためなんて思ってないよね。彼も20年前は若者だったわけだから、20年前の、普通の音楽好きな少年が、そのまま大人になった感じ。いい音楽を世の中に出すことよりも、コンピューターやネットワークそのものに興味があるんだと思うよ。基本的にはプレステ(プレイステーション)を作った久多良木(健、SCE社長兼グループCEO)君と一緒なんじゃないかな。久多良木は音楽が好きかと言ったら好き。だけどミュージシャンを何とかしてやりたいとか、ゲームのソフトを作っている連中を育てたいということより、もっといろいろなことのできるゲームマシンを作る方に気分が行っている。そのあたりが似ていると思う。

どんなに高級なグラスがあっても、注がれるワインが不味くては話にならない。

丸山 メジャーレコード会社や大手出版社というのは、社員をたくさん抱えちゃっているから、何冊かに1冊はベストセラーが出ないと会社が成立しない。「今は少数の読者しかいないけど、何年か後には世の中から注目されるミュージシャンや作家を育てていくんだ」という思いと機能が薄れてきている。(中略)音楽の方が一段落したら、ゲーム業界の中で、腐ってる連中を引きずり出したいなと思っているんだよ、実はね。

作り手や送り手側も刹那的になり過ぎて、苦しんでいる。
5年後にはCDはない?(マルヤマ新書)
「ダラダラ長いからCD売れない」――丸山茂雄“47秒・着うた専用曲”の必要性を語る

*1:音楽評論家ではない、どちらかと言えば曲を作る側の我が家の場合でさえ、PCのiTunesには4万5813曲、3615アーティスト、3021アルバムのCDが収まっている。なお、うちのライブラリーのサイズが小さいのは、ビットレートを下げてリッピングしている曲が多いため。iTunesを導入した頃は、HDDの容量も小さく、128kbpsでリッピングしていたことが多かった。もし、これだけのCDを全て高音質でリッピングし直すとなると、ライブラリーを複数のHDDに分ける必要が生じるし、バックアップ作業の手間も増える。ただ、最近は大容量のHDDも増えているので、余裕のある人は256kbps以上の高音質なライブラリーを構築するのも良いと思う。